8月1日(金) 日々淡々と

採血。
イソジンシャンプーと頭の消毒。
就寝前プルゼニド1錠服用。
8月2日(土) 術後初の家族面談

午前中に母と夫と共に、病棟医長から病理の結果について説明を受ける。

病理の結果についてはまだ中間報告で、基本的に前回(7/22)の説明と大差なし。
グリオーマのグレード2または3で、乏突起膠腫または乏突起膠腫と星細胞腫の混ざったもの、という見解。

放射線治療は、病理の詳しい結果を待たずに先行して行う。放射線治療中、8月後半から9月初め頃には結果がでるだろう、とのこと。
化学療法については、詳しい細胞診断が出てから選択する。

漢方薬の使用は検討してもらえるかどうか聞いてみると、放射線治療中の食欲不振等の緩和としてなら、エキス製剤の処方も選択肢としてある、と言ってもらえる。(医師によって漢方薬に対する考えが全然違っていて、この時の病棟医長は漢方薬にかなり理解がある先生だった。)

詳しい病理の結果がでなかったこと、放射線治療終了後の具体的な見通しが立っていないことで、母と夫が不安になって色々と質問をしたが、病棟医長は病理の結果が出るまでははっきりとは言えない、ということを繰り返し、両者が険悪な雰囲気に…。

就寝前プルゼニド1錠服用。
8月3日(日) はるばる会いに来てくれたのに

午前中、病棟医長と廊下で会ったので、昨日の謝罪をする。「また結果が出たら改めて説明しますから」と念を押される。…気まずい。

午後、叔父が祖母と私のいとこを連れてお見舞いに来てくれた。
丁度看護師からイソジンシャンプーをすると呼ばれたところだったので、夫に3人の相手を任せる。シャンプーと消毒を済ませているうちに30分位待たせてしまい、その後30分程度しか話ができなかったので、シャンプーを後回しにしてもらえばよかった、とちょっと後悔。せっかく片道3時間近くかけて来てくれたのに…。

「入院診療計画書」を受け取る。本来入院初日に渡されるべき書類だが…。
就寝前プルゼニド1錠服用。
8月4日(月) あまり貧血の自覚症状はないのだけど

担当医より、採血の結果について説明。鉄の値が回復傾向を示したので、このまま鉄剤を2〜3週間継続して服用する、とのこと。
就寝前プルゼニド1錠服用。
8月5日(火) ベッドが少しずつ傾いていくような感覚

あお向け寝の時に体の右側から力がかかるような感じがまたあった。午後、回診の後で担当医と話す機会があったのでそのことを伝えると、原因は不明だがおそらく一時的なものだと思うので、頻繁に起こるようならまた伝えるように言われる。
イソジンシャンプーと消毒。
手術以来毎食前に行っていた抗生剤の点滴がこの日の夜で終了。
口唇の水泡が治ったのでアラセナーA軟膏終了。
8月6日(水) 抜糸

担当医から、下まぶたの裏の色が戻ってきているので鉄剤はあと1週間程度でもいいかもしれない、と言われる。
朝食後、抜糸と消毒。
今日一日は包帯と帽子を着用、明日からは普通にシャンプー可。
パーマ、毛染めは3ヶ月経てばOK。パーマもカラーもするつもりはなかったけど(そしてその後の放射線治療で脱毛してしまう訳なんだけど)、その程度の期間で皮膚が再生するのがわかって少しうれしい。







“糸”というより“針”ですな


8月7日(木) 放射線科へ

午前中、採血。

昼食後、放射線科の外来へ。
問診票を書いて提出。放射線科の医師より説明を受ける。
術後照射の目的は再発を防ぐため。私の腫瘍は例えるならタンポポの根っこのようなもので、放射線は地中深くに伸びた根を枯らす役割を果たすのだそう。
照射回数は腫瘍がグレード2なら27回、グレード3なら30回を予定している。
副作用については、必ず起こるものは脱毛で、だいたい2週間後位から。
同意書に署名をして、ライナック室(治療室)へ移動。
顔の型を取ってジェイソンのお面のようなものを作り、CTを撮る。

夕方、回診の折に担当医が昨日抜糸した部分の確認。傷跡の状態はかなりよい様子。
朝の採血の結果、鉄の値が正常値に戻ったので鉄剤を明日で中止することに。
さらに外泊の許可が出たので、喜んで外泊届を提出。
8月8日(金) いきなり治療開始。聞いてないよー

頭皮を触っていたら傷跡から何かが飛び出ているので、引っ張ってみたら糸のカスが抜け出て来てびっくり。
看護師さんに見せると驚いていた。笑い話で済んでよかったけど、よく耳にする「手術の忘れ物」がありはしないかと少し不安になる。(その糸のカスは保存しておいたのだけど、3年以上経って見てみたら、風化してポロポロになっていた。そのまま残しておいても溶けてなくなる人体に影響のない糸だったみたい)

午後放射線科へ。
昨日とった型に照射の印を付け、X線(?)2枚、ポラロイド1枚撮影。
担当医からは治療は翌週からと聞いていたので、これで終わりかと思っていたら、その後続けて治療開始。真上と左側、2回に分けて照射。間にX線(?)2枚撮影。
病棟に戻って担当医に今日から治療が始まったことを報告すると、担当医も聞いてなかったらしく驚いていた。

フェロミア(鉄剤)夜分で終了。
就寝前、プルゼニド1錠服用。
8月9日(土) 初外泊

いよいよ初めての外泊の日。
朝食後支度を整え、夫に迎えに来てもらい、10時に病院を出る。
久しぶりに病院の外へ出て、思い通りに体が動かない様に愕然とする。

雨が降っていたので、帰宅してからピザの出前を頼んでお昼にする。 夕方雨があがってから外出。スーパーに連れて行ってもらったが、入り口の所で人込みを見て足がすくんでしまう。薬を1週間分に分けて入れられるケース、生理用品、ブラシなど病院で必要なものだけを買ってそそくさと店を後にする。
レストランで夕食をとり、コンビニで翌朝食べるサンドイッチを買って帰宅。

以前、自宅に戻ったら掃除や布団干しをしたいなどとウキウキ語って、同室の患者さん達に猛反対されたことを思い出す。納得しておとなしくして過ごす。夫も私が疲れないよう気を遣ってくれる。
8月10日(日) 久々のお寿司!

病院に戻る途中に回転寿司で夕食。病院食では食べられない生魚を堪能する。
19時30分、病棟に戻る。
8月11日(月) 放射線治療2回目

午前中、放射線治療2回目。
治療後、外来診療。最初の医師とは別の先生。夫と共に説明を受ける。
放射線治療ではDNAサイクルが短い細胞ほど早く死滅する。悪性腫瘍の他、髪の毛や血液もDNAサイクルが短いため、脱毛や骨髄抑制が起こることになる。
1日2グレイずつ、と少しずつ照射するのは、正常な細胞が一度死んでも回復する能力があるため、回復させながら治療を行うから。
今回の治療が終わってなお腫瘍が残っていたとしても、同じ場所に再び放射線を当てることはできない。
食欲不振は最初の段階で現れなければ、最後まで現れないことが多い。

夜、7月分の医療費請求書が届く。さすがに2度も手術をしたのでとんでもない金額に。後で高額医療費で払い戻されるので笑って済ませられたけど…。
8月12日(火) 病院内の美容室へ

午前中、放射線治療3回目。
治療後、病院内の美容室に寄る。
入院前から髪の毛はぼさぼさだったのだが、手術の時に丸坊主になるのだと思い込んでいたのでそのままきてしまっていた。けれども手術ではメスを入れる部分だけ、3センチ幅のカチューシャ状に剃られただけだったので、周りの髪の毛で隠れて目立たなくなってしまい、むしろぼさぼさになりすぎた髪の毛の収拾がつかなくなってきたので、少し切り揃えてもらうことにしたのだ。
しかし、美容師に傷跡のことで妙に遠慮されてしまい、思った以上に「少し」しか切ってもらえず(そのかわり料金が安くなったけど)、放射線治療で脱毛が始まったら剃ってもらいたいと相談すると、望んでいないカツラを勧められてしまう。

就寝前、プルゼニド1錠服用。
8月13日(水) ドキドキ現ナマ大移動

午前中、放射線治療4回目。
治療後、放射線科の外来で診察。

午後、夫が来て医療費の支払いを行う。院内のATMから窓口への距離がかなりあったので、大金を引き出して持ち運ぶのにとても緊張する。
8月14日(木) 白血球値正常で外泊OK

午前中、採血。
放射線治療5回目。
午後、血液検査の結果が告げられ、白血球値が3000位(1000をきっていたら外出中止)、鉄の値も回復。外出が許可されたので、日曜日の外出届を提出。
気が緩んでいたのか、夜分の抗てんかん薬を飲み忘れてしまう。
8月15日(金) 少しだけ期待してたのだけど

午前中、放射線治療6回目。
午後、統括医長の先生より説明を受ける。
放射線治療中は入院、化学療法をやるとしたら退院後通院で行う、とのこと。
病理の結果と翌週のMRIの結果によっては化学療法の必要もなくなるかもしれない、と言われる。(結局そんなうまい話はなかったのだけど…)
8月16日(土) 夫の上司が

午後、夫の上司が奥様と共にお見舞いに来てくれる。
初めて会うのでとても緊張する。
8月17日(日) 鶴じゃなくてカメラ!やられました

お昼から3時間程外出。
義姉の婚約者(まわりくどい言い方!夫と共に元々仲良しの方です)がお見舞いに来てくれたので、夫と駅まで迎えに行き、お昼を一緒に食べる。
同室の患者さんに薦められた人気の洋食屋さんに行ったところ、外まで行列していたので諦めて近くのメキシコ料理屋に入る。お見舞いの品、長袖パジャマ、かわいい低反発枕、百台カメラ(千羽鶴ならぬ、折り紙で作った「パッチンカメラ」が百台!一つ一つ中に小さい写真も入っている!!)に感激。













夕方、担当医が様子を見に来る。
手術の様子のビデオの存在を耳にしたので聞いてみると、請求すれば費用はかかるが(2万円位)ダビングしてもらえるということなので、見積もりをお願いする。
さらに抗てんかん薬がテパケンからアレビアチンに変わった理由について質問すると、デパケンがてんかん全般に効く薬であるのに対して、アレビアチンは部分的痙攣に効く薬で、腫瘍の種類が絞られてきたので変更したのと、デパケンには注射用がなく、手術の前後には経口ではなく注射で薬と投与しなければならなかったので、注射薬のあるアレビアチンが選ばれた、という説明をされた。
今後2年間は抗てんかん薬の服用が続く予定で、だんだん量を減らしていく、とのこと。
8月18日(月) 説明受けてもやっぱり不安

午前中、放射線治療7回目。

病棟に連絡が入ってライナック室へ。待合室で順番を待つ。(だいたい同じ時間に呼ばれる人が決まっているので、顔見知りができる。放射線治療は治療期間がきっちり決まっているので、スライドするように待合室の顔ぶれが変わっていくのがおもしろかった。)たくさんの患者をさばくためか、技師の人たちはいつも小走りで、治療台にあがってセットされるのも早く、あっという間に治療が終わってしまう。
あまりにも簡単にセットが済んでしまうので、本当に正しい箇所に放射線が当てられているのか不安になってきた。照射部位の詳しい説明もまだだったので、この日の外来診察の時に医師に質問してみる。
照射部位は額の中心よりやや左と、左側面の2箇所で、マスクにちゃんと印がつけてあるし、さらに他の所に放射線が当たらないように機械側で鉛のブロックで調節して防御している。数ミリのズレは問題ない、とのこと。
鉛のブロックで調節した穴から放射線が出ているので、脱毛は粗いドット絵のようになるかも…?
インターフェロンは始まったか、とか、このグレード3という病理診断報告書は最終か、とか、私に聞かれても困る質問をされる。どうも脳外科と放射線科の連絡があまりできていない様子が目立つ。
8月19日(火) 相互連絡ちゃんとやってくれーい!

朝、担当医が病室に来た時に前日放射線科の医師に質問されたことを伝える。
インターフェロンについては、おそらく多くの人が放射線治療とインターフェロンを同時に行うために出た質問だと思うが、私の場合はやるとしても放射線治療が終わってから、とのこと。
病理診断報告書は最終だが(ということはグレード3?聞いてないよー)、まだ遺伝子診断をするのでこれが全てではない、とのこと。

午前中、放射線治療8回目。
8月20日(水) 有難いことに花が絶えない

午前中、放射線治療9回目。
治療後、外来で診察。
午後、造影MRIの撮影。

夫の姉からフラワーアレンジメントが届く。今回もなんだか都会的。
8月21日(木) 化学療法行うことに決定

朝、担当医が来て採血。

午前中、放射線治療10回目。
10回目ということで、治療中にX線(?)写真を2枚撮影。

6人部屋の他の患者さんが皆退院してしまったので、治療から戻ってから4人部屋に引越し。

午後、担当医が来て採血の結果について報告を受ける。
血中たんぱくがやや低めだが、白血球値は良好。抗てんかん薬の血中濃度も良好のため、外泊OK。

夕方、統括医長による説明。
病理の結果については、最終結果が出ていて、悪性の中でも良い方であるとのこと。
前日のMRIの結果は、手術後と比べて特に変化ないが、少し腫瘍が残っており、放射線治療終了後に通院治療での化学療法を行うことになった。
8月22日(金) 放射線治療11回目

午前中、放射線治療11回目。
8月23日(土) 2度目の外泊

10時30分、夫に迎えに来てもらい、帰宅。
夫の両親が今まで住んでいた家を定年とともに引き払って実家に引っ越すことになり、その引越しの途中でこちらに1泊して寄ってくれたので、ホテルまで会いに行き、食事を一緒にする。
8月24日(日) 色々お世話になりました!

夫の両親と自宅近くのレストランでお昼を食べてからお見送り。
19時45分、病棟に戻る。
8月25日(月) だから相互連絡を…

午前中、放射線治療12回目。
治療後の診察で再びインターフェロンと病理の結果について聞かれたので、インターフェロンは放射線終了まではないこと、病理の結果は最終であることを伝える。
8月26日(火) 放射線治療13回目

午前中、放射線治療13回目。

担当医経由で手術のビデオのダビング見積もりが届く。15,960円也。
8月27日(水) 放射線はめいっぱい浴びることに

午前中、放射線治療14回目。
治療後、外来にて診察。

夕食後、担当医より説明を受ける。
放射線量が60グレイに決まったこと。
退院は放射線治療終了後、1週間位様子をみてから。
化学療法は今後遺伝子型で有効なものを決めるので、あまり選択の余地はなさそう。腫瘍がオリゴデンドログリオーマ、オリゴアストロサイトーマの混ざったものであり、「オリゴ」と名のつくものは化学療法が効きやすいとされている。
放射線終了後1ヵ月後にMRIを撮る予定。
ビデオダビングの注文書を受け取る。

この日から脱毛が始まる。
8月28日(木) 手術のビデオ受け取る

朝、担当医による採血。

午前中、放射線治療15回目。

治療後、病院内にある写真屋に注文書を持っていくと、既にダビング済みのビデオが用意してあったので驚く。「注文書」でこれから注文するのだと思い込んでいたが、これは注文済みの控だったのだ。たまたま持ち合わせがあったからよかったが…。

午後、担当医が血液検査の結果を説明。
白血球値、炎症反応の値、その他異常なく、外泊OK。

消灯前、病棟医長が来た時に、化学療法のことがまだ不明なので家族も含めて不安に思っていることを伝えると、近々説明の場を設けます、と言われる。
8月29日(金) 放射線治療16回目

午前中、放射線治療16回目。
8月30日(土) 妹と葡萄狩り

妹が日帰りで会いに来てくれる。
10時30分、夫に迎えに来てもらい、駅で妹を拾う。電車なのに大きな発泡スチロールの箱を抱えて持ってきてくれる。中身は母から託された桃やカスピ海ヨーグルトなど。
見晴らしのよい丘の公園を案内して、そこのレストランで昼食。その後ぶどう狩りを楽しんで駅で見送る。前回会った時よりかなり元気になった私の姿を確認して、安心して帰って行った。

夜になって、自宅に夫の同僚I君が様子を見に来てくれる。丁度夫の両親から実家の引越しでいらなくなった家具が届いたので、玄関から部屋まで運ぶのを手伝ってもらう。重かったので助かった。

持ち帰った手術のビデオ、夫はまだ見られない、とのこと。私も全部は見る気になれなかったので、とりあえず中身が合っているか冒頭だけ確認。大丈夫のようだが、2本のビデオにラベルがついていないため、どちらが1回目、2回目の手術のなのかがわからず。
8月31日(日) 抜け毛キてます

抜け毛が枕やベッド周り、風呂場の脱衣所に散らばるようになったため、コロコロを購入する。
20時、病棟に戻る。